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大河ドラマ「八重の桜」

2013年3月19日 (火)

八重の桜 第9話~第11話

 「八月十八日の政変」、「池田屋事件」と、物語はどんどん進んでいきます。

 そして凶刃に斃れる佐久間象山……。

 長州の標的は松平容保(探索中、正体がばれそうになったときの機転の利きっぷりは、さすがの大蔵でしたが)。

 ずるっこ慶喜も、見るたびにうまいなあと思います。

 追い詰められていく会津ですが、一方の八重の周辺を描いたシーンではほっとさせられ、救われます。

 特に「俺も子供をみぐびってたかもしんねぇな」のお父っつぁまが心にしみました。

 尚之助が三郎の問題を解決するのに一役買ったことにより、家族度が増したし、八重との関係もぐっと近づいた気がします。

 

 でも、中央と地元の描き分けがやがて一つになる日(会津戦)を思うと、やっぱり胸が痛いです。

2013年3月 1日 (金)

八重の桜 第6話~第8話

 3話の中で一番印象に残ったのは、容保が京都守護職を拝命する決意を家臣に述べるシーン。
 藩に災いをもたらすと皆がわかっていながら引き受けざるを得ないという、なんともやりきれない状況で、容保が持ち出したのが例の家訓であります。他家からの養子という立場だからこその縛られようなわけで、しかたがないといえばしかたがない。むせび泣く家臣たち……。あれはどういう涙なんだろう。貧乏くじをひかされたことに対する悔しさ、悲しみ、怒り。会津の行く末を思い、絶望感にうちひしがれてとか。え~と「殿のバカ!」これはないか(笑)

 それにしても黒いな、松平春嶽。これからもとことん黒いのかも。

 「殿は養子だから会津藩が潰れても平気なんだよっ」と、地雷を踏んでしまった頼母。家老なんだから、もうちょっと考えて物を言えばいいのに。毛虫取ってる場合じゃないと思うけど。

 会津が巻き込まれた歴史の渦の影響は、当然八重たちにも及びます。都へ上る人、見送る人、お互いを思いやりながら離れ離れになる夫婦、家族、友人……。

 歴史のうねりPartに八重がしゃしゃり出ず、彼女の周りの小さな世界の出来事を細やかに描いているところが好ましい。日々のかなしみや喜びを丹念に追うことで、会津の運命の過酷さが、さらに浮き彫りになる気がします。

 そして大蔵の自己満足な告白。「京で会津を思う時には、きっと真っ先に八重さんの顔が浮かぶ……あなたは……会津そのものだから……」

 案の定、相手にはまったく伝わってません。「あれは何だったんだべ? おがしなこといって……よし、学問やんべし!」

 大蔵的には、意味が通じちゃうと困るけど、自分の気持ちは八重に言っておきたいっていうことなんだろうな。でも、八重は人一倍そういうのわかんないヒトだからなあ……あ! だからいいのか。さすがは大蔵(笑)

2013年2月 8日 (金)

八重の桜 第5話「松陰の遺言」

 攘夷の嵐が吹き荒れる……。

 少しずつうちとけてきた八重とうら。でも、攘夷派の男から覚馬を守ろうとして、流産してしまいます。お赤飯を炊こうと、ざるに上げられていた小豆がとても悲しい……。

 気丈に振舞っていたが、畑で泣いてしまったうら。豆の苗にかけていた優しい言葉は、お腹の子にも向けられていたのでしょう。変わらずすくすくと伸びる豆を見て、かけがえのない子供を失ってしまった悲しみが、心にあふれたのだと思われます。

 松陰と自分を襲った攘夷派の男たちとが重なって、彼の死を、素直に悲しむことができない覚馬。勝海舟からの文で、松陰の最期の様子を知ります。

 「こたびの大事、私ひとりなりとも死んで見せれば、後に残った者たちがきっと奮い立つ。この国を守るために! 王朝も幕府も藩もいらん!ただ身ひとつで立ち上がればよい!立ち上がれ!至誠にして動かざる者は、いまだこれあらざるなり」

 あの人はまた馬鹿正直に、お白洲で訴えたんだ。 『ご公儀のやり方はまつがってる。 このままじゃいげねえ』 ど。そのための命がけだ。精一杯の誠だ。無謀であろうど、愚かであろうど……ひとりの人間に、それ以上何がでぎる……。

 ああ、何も変わってはいない。寅次郎は寅次郎のままだった。悲しいほどに……。精一杯の誠を尽くして、彼は逝ったのだ。覚馬は静かに友の死を悼むのでした。

 一方、己の誠を尽くしたもののふがまたひとり、雪の桜田門で命を落とします。

 彼の思いを知る容保は、水戸討伐に異を唱えます。でもこれが、会津を動乱の渦に巻き込む、運命の一言となったのでした。

 彼岸獅子のシーンで、『大蔵(与七郎)もオトナになったんだなあ』と八重が感心しておりましたが、『やっぱり俺は八重が好き』と大蔵も再認識したと思われます。
 彼岸獅子と大蔵。のちに会津戦で、この平和な春の日の八重の笑顔が、大蔵の脳裏をよぎるのでありましょうか……。
 
 

2013年1月30日 (水)

八重の桜 第4話「妖霊星」

 妖霊星は波乱の予兆……。

 禁足がとけて、おまけに出世までしてしまった覚馬。時代が彼を必要としている。これから鉄砲をぶっ放さなきゃならない世の中がやってくる。

 八重の腕前を見て、新しい銃を使えば、武術の心得がなくても訓練次第で一人前に戦えると判断するおとっつぁまたち。八重のひたむきな思いがきっかけになって始めた砲術の鍛錬も、思いがけない意味をもつように。

 身を固めることとなった覚馬。新妻のうらは、八重とは見事に対照的。女性としての分をわきまえ、家のため、ひたすら嫁の務めを果たそうとするうらですが、これもまたひとつの生き方であると納得できるキャラになっています。「幾久しくよろしく頼む」という覚馬の言葉に、ほんのりうれしそうなうらはとてもキュートでした。
 八重がこの姉様の美徳に気づくのは、まだ先になりそうです。

 婚礼のときの尚之助と八重は、な~んかいい雰囲気。これから少しずつ、ふたりの気持ちが寄り添っていくのでしょう。

 一方国政は、いろいろややこしいことに。これからの展開を思うと、どうにも気が重い……。

 印象的だったのは、島津斉彬と勝海舟の会話。政に諸侯を参加させろと言う島津斉彬に、あくまでも幕府だけで行うと言い放つ勝。開明派で、当時最も進んだ考えを持っていた人々のひとりである勝も、やはり幕臣なんだなあと。

 あと、面白かったのが『水戸のご老公』。
 いや、そのお人は『格さん』ですがな(笑)「この紋所が目に入らぬか!」ってやってはりました。
 まさか、この一言のためのキャスティングではあるまい……。

2013年1月23日 (水)

八重の桜 第3話「蹴散らして前へ」

 「何かを始めれば必ず邪魔する者が現れる。蹴散らして前へ進むのだ」という象山先生のお言葉に、大いに張り切る覚馬であります。

 権八さんの危惧通り、藩の重役を「井の中の蛙」呼ばわりしてしまい、禁足の身の上に。

 前回の「黒船にどうしても乗りたい!」 の一件といい、覚馬にも無鉄砲で熱いところがあり、どうやらこの部分は、八重と共通な遺伝子だと思われます。

 しかし、槍の試合での覚馬のあで姿、ファンの方々にとっては、さぞ眼福でありましょう。

 さっさと藩にお暇をいただいて会津にやってきた尚之助も、負けず劣らず無鉄砲。「何かあった時に帰るところがなくなる」と心配する覚馬。こういう細やかで常識派な一面を併せ持つのも彼の魅力。

 「会津は頑固だから」という尚之助の言葉。覚馬もお偉いさんの前で自説を曲げないあたり、立派に頑固者です。会津の鏡だ(笑)

 尚之助と八重が話をしているところへ通りかかった与七郎。その目が雄弁に物語っていました。「こ、この男は誰? 八重とどういう関係? なんでそんなに仲よさそうに話してるの? なんかこいつ、オトナだしかっこいいよな。俺、負けてんじゃね? ひょっとしてひょっとしてひょっとして、八重ってこいつのこと好きなんじゃあ……」いや、ともかく、与七郎が八重に好意を持っているのは間違いなさそう。

 
 どうやら「八重の桜」では、覚馬が副主人公的な役割を果たすようです。国の情勢や藩の立場や政の様子などは、覚馬を通してでないと描くことができないからだと思われます。いつかの大河のように、ヒロインがあちらこちらに出没するわけにもいかないし(笑)

 今回は八重の影がちょっと薄かったような気がしましたが、禁足にくさってごろごろしていた覚馬に、実弾をぶっ放してカツを入れたのは、やはり八重でありました。

 「だって、『覚馬の桜』ではねえもの。わだすが主役だもの。」

2013年1月18日 (金)

八重の桜 第2話「やむにやまれぬ心」

 今回は、八重の砲術に対する「やむにやまれぬ心」、覚馬や象山塾に集う若者たちの「やむにやまれぬ心」が描かれていました。象山塾のシーンでは、八重の未来の夫ふたりが鉢合せをするというというオマケも。

 どうなってもいいから黒船に乗って中を見るのじゃ~っ! と、意外に熱く無鉄砲な覚馬でありますが、もっと上手だったのが吉田寅次郎。ちなみに「八重の桜」の勝海舟(生瀬勝久)が「龍馬伝」では吉田松陰だったため、微妙にややこしい(笑)。

 新しく生まれ変わろうとしている日本の胎動を、当時の若人たちは、肌で感じ取っていたのでしょう。でも、どうすればよいかわからない。国の行く末どころか、己の進むべき道さえも混沌としている中で、彼らを突き動かしていたのが「やむにやまれぬ心」だったのだと思います。それらはやがて、いくつもの大きな渦となって、ぶつかり合い、飲み込み飲み込まれ、新しい時代へとなだれ込んでいったのだと。

 あのころはみんな若かった、人も国も……。
 自らの青春時代を振り返るとき、懐かしさを覚えると同時に、未熟な自分(今の己もエラソーに言えたものではありませんが)がこっ恥ずかしいとか、苦い後悔とかに胸がひりついたりもして……。幕末・維新が舞台の作品を見ていると心がざわめいてしまうのは、これと似ているのかもしれません。

 今回は八重の父・権八がなかなか。八重の砲術に対する「やむにやまれぬ心」を封じたのは、砲術を極めた女が辿り着く、なんとも空しい境地を娘に味わってほしくないという親心だったという。でも、八重の気持ちは、もう権八には抑えきれないし、やっぱり親だから願いもかなえてやりたいしで。自分は山本家の婿として、八重の父としての立場があるので教えられないけれど、覚馬ならば。覚馬よ頼むと願いを込めて、八重のことを話し、本を写した大量の書付を見せたんだろうな、おとっつぁま。う~む、父の愛は深い。

 そして、会津藩主・容保と輝姫の間には、ほのかな(でもないか)LOVEの香りが……。

 

 次回も楽しみです。
  
  

2013年1月13日 (日)

八重の桜 第1話「ならぬことはならぬ」

 いよいよ始まった「八重の桜」。とても面白かったです。

 
 八重役の女の子が、とってもかわいかった。

 叱られて蔵に閉じ込められた八重は、泣きながら、自分を武士として認めてくださった若殿様のお役にたちたいと言います。これが、のちのち銃をとって八重が戦うことへの動機づけになってるのだなと。ただの男勝りで、銃をぶっ放したんじゃない。ちゃんと理由があるのだよということで。この言葉を聞いていたからこそ、兄の覚馬も、銃の扱い方を八重に教えたのでしょう。

 お役にたちたいと思って戦った八重が、会津を失って、何を思い、何を支えにどう生きていくのか。それらはだんだんと描かれていくわけですが。幼い日に誓ったことは、根っこの部分で、ずっと八重を支えていくのだと思います。

 
 
 会津藩の特殊な立場、そしてお国柄が、若殿初のお国入りに伴って紹介されたので、違和感なく会津ツアーに参加することができました。

 いろいろな人物が出てきましたが、佐久間象山がものすごくはまり役で、感動してしまいました。今後が楽しみなのですが……。

 個人的に幕末って、ちょっと苦手だったりします。時代の大きなうねりの中に放り込まれて、たくさんの人々が翻弄される。みんなが日本という国のことを考えて一生懸命なのに、勝者と敗者に別れてしまう。
 
 「八重の桜」は敗者の側から描いていくわけで、ひたむきに生きている人たちも、豊かな大地も、将来過酷な運命に巻き込まれるのだと思うと、胸が痛くなります。そして、震災や原発事故とそれらが重なって、なんというのか、泣きそうになってしまうのです。

 会津戦争が取り上げられている過去の大河ドラマに「獅子の時代」がありますが、、やはりとてもやりきれなくて悲しかった記憶があります。今回は主人公が幼い時代から丁寧に描いている分、胸に迫るものが百倍増しになる気がします。

 人々の笑顔が明るければ明るいほどつらいという、困った事態に……。

 でも、続けて見ようと思います。